INTERVIEW

名越稔洋のモノ作りへのこだわりと、名越スタジオのゲーム作り<インタビュー企画 後編>

2022年1月、自らが代表を務める新会社・名越スタジオ設立を公表した名越稔洋。インタビュー前編では幼少期からゲーム業界に足を踏み入れるまでの原点について掘り下げたが、今回は現在の状況にフォーカスする。彼がこの時代に考える「面白さ」と、ゲーム制作における名越スタジオの考えかたを聞いた。


「面白さ」と「戦いかた」

──名越さんがいま面白いと思うエンタメってどんなものでしょう。

名越  心を動かされるものはいろいろあるけど、やっぱりゲームですね。誰にとっても1日は24時間しかないわけだけど、その中の可処分時間の使いかたは時代と共に大きく変わってきていて。家の外であればテーマパークやイベントの種類って増えているし、家でもいろいろなエンタメコンテンツが楽しめる。ゲームだけを見ても、従来のテレビゲームに加えて、オンラインゲームやスマートフォンも出てきて。ただ、多種多様なエンタメはあるけれど、結局のところいかに面白い体験価値を生み出し、それを楽しんでもらえるのかという勝負であることは変わらないですよね。その中でもゲームは、誰もが手に取りやすく、広まりやすい手段なのだろうなと最近改めて思っています。

──ゲームにはさまざまな形がありますし、「触れてみたい」と思わせる力も強いですからね。

名越  「新しいデジタルサービスができた、新しいデバイスが生まれた」というときに、それをどうやって広めようかと考えると多くの場合がゲームに至るんですよ。ゲームを足掛かりにして何かを伸ばしていく時代の在りかたが、個人的には今すごく面白いと思っている。

──そういう意味では、「ゲーム」と呼ばれるコンテンツの領域は拡大し続けていますよね。中身についてはどうでしょう?

名越  これは一貫して変わらないんだけど、やっぱりドラマ性の高いものが面白いと思うし、そういうゲームを作りたいです。「ストーリーで感動する」と言っても、感動のさせかたっていろいろあるじゃないですか。人に備わっている喜怒哀楽の感情をどうやって右に左に揺さぶるのか、そして最終的にどんな体験を提供できるのか。とにかく、これを考えるのが楽しくてしかたない。

──ひとつのゲームを作るうえで、ドラマ性とゲーム性とのバランスをどのように考えていますか。

名越  ゲーム作りにおいて重視するのは、ゲーム性とドラマ性のバランスがきれいに取れていること。ゲーム性と同じくらいドラマ性は大事で、優先順位はつけられません。たとえばそれがレースゲームだとしても、私が作るなら、なんとかしてドラマ性を織り込めないかを考える。その部分が表に出ないとしても、作っている最中にはなんらかのシナリオを書いていたりして。レース展開の中でバックグラウンド的になんとなく感じられるドラマ性みたいなものが自分の中にはあるんですよね。そのシナリオをどこにも出さないとしても、私はそれがないとコースのイメージすら作れない。

──「たとえレースゲームでも」というのが面白いですね(笑)。ドラマ性の話と関係があるのかわかりませんが、名越さんが手掛けられてきたゲームにはたくさんのお笑い芸人の方が登場されますし、名越さんご自身もお笑いが好きですよね。それは何かゲーム作りと関係が?

名越  個人的に好きなだけという話もあるけど(笑)。ただ、最近は長尺のコントを考えても短く切り取られる時代になってきていて。芸人さんたちは、与えられた時間の中でどうやって奥行きを演出し、見ている人たちを自分たちの笑いに引き込むのかをめちゃくちゃ考えている。自分たちが思いついたことをただ形にするわけじゃなく、たとえばテレビであればどんな尺でどんな人が観るとか、YouTubeならどういうネタがウケるとか、ライブならこう、みたいなことを死ぬほど試行錯誤していて。そういう考えかたやセンスって、モノ作りをする上ですごく刺激になるんですよ。

──確かにプラットフォームに合わせてコンテンツを最適化する傾向は、あらゆるエンタメで強まっている気がします。

名越 それに、ゲームって喜怒哀楽の中でも“笑わせる”ことがあんまりできないので、うらやましいと思うところもあって。結果的に面白くてクスッとするようなシーンとかはあるかもしれないけど、爆笑に次ぐ爆笑のようなものを生むのって、ゲームではすごく難しい。ゲーム実況や対戦プレイをする中で爆笑が生まれることはよくあるかもしれないけど、それはプレイヤー同士や視聴者との関係性の中から生まれてくる笑いで、コンテンツ自体から笑いを提供しているのとはまた違うかなと。

──なるほど。

名越  そんなこともあって、ネタとして面白くて、観る側のニーズに焦点を絞っているような人たちの完成度の高い芸を見ると、純粋に感激してしまうんです。

──テレビが圧倒的に強かった時代が終わって、エンタメのプラットフォームが多様になっている時代だからこそ、それを感じるのかもしれませんね。エンタメの戦い方の難しさについては、お笑いに限った話ではないかもしれませんが。

名越  たとえば、音楽も、イントロがどんどん短くなって、ドンっていきなり入ってくような曲が多くなっている。それはイントロが流れている間に(別の曲に)飛ばされてしまうからで、要はあらゆるエンタメにおいてサビや結論が急かされているわけですよ。マンガもそうでしょう。今は結論から入っていく文法でないと、なかなか通用しない。永遠にそのフォーマットが続くかと言われるとまだわからないけれど、少なくとも今はそのフォーマットを踏襲して、勝ち抜かないといけないので。

──興味深い話です。

名越  ゲームでも「少し遊んでみたけどピンとこないな」と思ったら、すぐにコントローラーを置かれるようなことが起きている。ゲームや映像コンテンツのサブスクリプションサービスが広がってきていて、遊ぶ側は楽しいと思うけど、作る側からすれば1本あたりの利益が少なくなるわけで、厳しいなと思いますよね。

──利益の部分で厳しくなる反面、触れてもらえる機会が増える面もありますよね。

名越  そうですね。そこは嘆いてばかりもいられなくて。だから今のフォーマットやインフラの中で、自分たちが作ったものが勝ち残って、生き残れるところをとにかく必死で考えるしかない。芸人の皆さんだってがんばっているんだから、私もがんばらないと。いや、芸人ではないんだけど……(笑)。

名越稔洋が見る現在のゲームトレンド

──今(2022年秋時点)のコンソールゲームのトレンドを、どのように見ていますか。

名越  ゲームだけに限った話ではないですが、マンガ原作やアニメを起点としたIP(知的財産)全盛の時代が再び来ていますよね。10年くらい前に海外も含めIPが一気に出てきて、昔であれば開発費10億円といえば超大作だったけど、今はAAAタイトルの開発費は100億円規模に定着してしまって。挑戦という意味での新しいものが出づらくなっているところはあるかもしれません。開発費は下がる気配もないし、むしろもっと上がる可能性すらあります。それと、おそらくPCゲーム市場は改めて伸びてくるので、今後数年はコンソールゲームの必要性自体が問われてくると思います。

──技術面についてはどうでしょう。

名越  昔は映画のCGアセット素材があって、それをゲームに転用することがあったけれど、今はむしろゲームのアセットを映画に使う逆転現象が起こり得る時代に入ってきました。Unreal Engine 5の技術デモ「The Matrix Awakens」なんかを触ってみると、映像の作りかたがまるっきり違うところに来てしまったなと。先端技術にキャッチアップしていくのは簡単ではないけれど、プレイヤーによりリッチな体験を提供するためにも、そういう時代の変化には乗っかっていかなければと思います。

 ただ一方で、業界のトレンドを踏まえたうえで、あまりほかのゲームを気にし過ぎないように作ろうとは思っていて。たとえば、「最近のAAAタイトルはムービーが大体このくらいのボリュームで、こういう動作をするときはこうできていれば合格」みたいなことは、自分たちのプロジェクトと比較したくもなるし、もちろん参考にはしますが、じゃあ「うちも同じようにしよう」となるかといえば、そうではない。うちにはうちの基準があって、そうしたい理由がある。だからトレンドを大事にしながらも、一番大事にしたいのは自分たちの美学です。

「名越スタジオにはこういうものを出して欲しいよね」という期待に添いつつも、驚きのあるゲームを

──名越さんがゲームとしての面白さを担保するために、開発面で最も大切にしていることはなんですか?

名越  先ほどドラマ性を大事にしたいと話しましたが、これを良い形でプレイヤーに提供するには、ハイエンドなゲームであることが望ましいと思っています。もちろん、お金を掛け過ぎなければ利益は生まれやすいですし、掛け過ぎれば利益は減るかもしれません。ただ、これは昔からの持論なのですが、ある作品のためにはここで充分だっていう品質のラインを100%としたときに、105%、110%と、そのラインをちょっとでも超えていくことが重要だと思っているんです。そのラインを超えることで失うのは、端的に言うと会社の利益です。

──確かにそうですね。

名越  でも、そこで失う利益の代わりにゲームのクオリティを上げることは、プレイヤーの満足度につながり、引いてはつぎのゲームの購入動機を生むと思っている。もちろん、採算度外視でゲームを作るということはないけれど、少し利益を減らしてでもクオリティにこだわることは、プレイヤーにとって「面白い」ゲームを作る上での要件だし、長い目で見ると自分たちに返ってくるものだろうと。

──そこはバランスが難しいですね。

名越  スタッフとよく話すんですよ、どこまでやるのかって。そのゲームの理想の形はなんなのか。たとえば主人公の行動とエネミーとの関係に辻褄が合わなくなるとか、そういう違和感が出ると、もしゲーム性自体には関係ないとしても、みっともなくて嫌だと思ってしまう。そのみっともなさをどうにかするためにお金と時間が掛かることもあるけど、自分の中に課題を積み残したままつぎに行きたくないし、その先ではもっと別の課題を解決したいので。

──完璧主義なんですね。

名越  私は自分のゲームをリリースした後にいっさいやらないんですが、なぜかというと、個人的な判断の部分で腹が立って仕方がないから。やっぱりあれをやっておくべきだったとか、そういうことばかり考えてしまって。始めて10分もしたら、嫌な汗をかいてきて楽しんでいるとは言えない状態になる。一度でいいから、自分のゲームを自分で買って「これはもう思い残すことがひとつもないな」と思いながらプレイしてみたい。それが僕の夢かもしれません。

 ただ、私個人としての100点のゲームと、プロジェクトとしての100点はまた違います。僕自身が完璧主義でありたいというだけで、スタッフはいつも全力でやってくれている。先ほどもお話した通り、プロジェクトとしてはつねに100%以上のクオリティを目指しているわけですし。個人の判断軸とそのあたりをどうリンクさせて折り合いをつけるのか。スタッフに何をどう実現してもらうのか。ディレクションの面でいえば、まだ私には改善の余地が多く残されていると思います。

──これからはご自身が代表を務め、名前を冠したスタジオでゲームを作っていくことで、さらにプレッシャーもあると思いますが。

名越  これから、よりスケールの大きな戦いを続けていくと思うとゾッとするときもあります。ただ、難しく考えても仕方がなくて。とにかくひとつのプロジェクトを完成まで導くために、あらゆる領域で日々のベストウェイを積み重ねていくこと。これに尽きます。

──ちなみに、今の時点でプロジェクトの中身について言えることってありますかね?

名越  具体的は話は、まだ何も(笑)。ただ、Unreal Engine 5を使ったワールドワイド向けのものであることは間違いありません。「名越スタジオにはこういうものを出して欲しいよね」という期待に添いつつも、驚きのあるゲームを作っていきたいなと。とにかくドラマが熱くて、ゲームとして面白くて、「日本にはこういうゲームがあるんだよ」とゲームファンの皆さんが世界に自慢できるようなものを期待してもらいたいです。今の時代に日本のスタジオが世界に向けて作る、新たなゲームにご期待ください。